チャネリングアート|Mutsuko Hosokawa Mutsuko Hosokawaは、全て手描きによるオリジナル・完全1点もののチャネリングアートを通じて、女性の活躍を後押し、自己実現をしていただくための活動をしております。インナーチャイルドを癒して解放することで、女性の中に眠る女神性を呼び覚ますお手伝いをいたします。意識を宇宙に委ね、ハイヤーセルフと繋がりませんか?

虐待親への憤りを手放したきっかけは、チャネリング

 

私は「母親が心から謝ってくれない限り、私は幸せになんてなれない」と思っていた。

 
虐待って体も痛いし、心もすごく痛いんです。
私は母親が虐待親でした。虐待親なので、家は寝ることもままならない苦しみの場所でした。家賃の代わりに勉強の成果を払うのが、生き残る条件でした。それが払えない場合、殴られ、罵声を浴びせられるのです。
 
 
いつしか、生きる目的が何なのか全くわからず、虐待から逃れるために勉強が好きなフリをするのが上手になります。でも本当は大嫌い。でも、生き残るためには頑張ってるけど出来ない可哀想な私を出来る限り演出して、虐待の手を鈍らせるしかありませんでした。
 
 
最初は、単純に、母に愛されたかったんです。愛されるということの定義は、母が私と食事を共にして笑顔でたわいない話をする事や、実際に買うことができなくても、ウィンドウショッピングをして、いつかあれを買ってみたいね、と夢を共有しておしゃべりすることでした。夢が手に入らない、という現実をひたすら説明されて責められることでは決してありませんでした。
 
 
大好き、お母さん!一緒に、頑張ろうね!そういうやりとりがしたかったんです。生きていていい条件を脅迫と暴力で説明して欲しかったんじゃありません。
 
 
結局、小学4年生から始まった虐待は21歳ごろまで続きますが、ある時、また顔を殴られて、でも、もう愛されなくてもいいや、死のう!と思ってたので、もう片方の頬も差し出して、「いいよ!殴りなよ!殴ってみなよ、ほら!全然平気だから!」と言ったら、母はぎょっとして、ひるんで手を引っ込めたんです。
 
 
「あ、弱っ!」
その時、なんて臆病な女なんだと分かりました。
そして、母を殺して家に火を放って自分も死んでみるか、それとも、どうせ復讐に費やすくらいしか用のない要らない命なら、全く違うところで生き直そうか、と思っていたら、天の采配か、私をかくまうよ、と言ってくれる人がたまたま現れました。
 
 
私は文字通り裸一貫で実家から逃げ出して、富山の立山町の縁もゆかりもない、血も繋がってない老夫婦のもとへかくまってもらうことになり、バイトと奨学金制度で生計を立てながら大学を卒業、大手証券会社に就職できました。ボストンバッグ一つで家を出たんです。本当に何も無かったところからのスタートでした。
 
 
その後すごく優しい旦那様と、すごく優しい義父母と、綺麗な目鼻立ちの二人の子供たちに恵まれて、物質的な豊かさをたくさん手に入れました。
 
 
金沢という風光明媚な街中の、便利で閑静な住宅街に20代でマイホームも手に入れました。車2台に薔薇が何種類も植えられた庭。血統書付きの猫2匹に、自動掃除機のルンバに、高い月謝のバレエ教室、高級ミシンにロックミシンにクローゼット3つ分の生地という趣味にしては金のかけ過ぎじゃないかと思われる贅沢・・・
 
 
いや、本当に、なんとありがたいことでしょう。
 
 
それなのに、全く満たされないまま30代になってしまっていました。
 
 
物質的な豊かさを感じる余裕すらない、心のどうしようもない欠乏感。
 
 
そう、タイトルにもあるように、私はずーっと、
「母親が心から謝ってくれない限り、幸せになんてなれない」と思っていたんです。
 
 
原因があるから結果がある、って、すごく論理的思考ですよね?私は母親が暴力を振るった虐待親だから、民事で争い、損害賠償を請求してもいいとすら思っていました。
 
 
実際、大人になってからも会うごとにその話を繰り返し、謝れ!謝れ!と言い続けてきました。でも、口先だけどんなに謝っても相手は反省しません。というか、反省させるのが無理なんです。
 
 

相手はどうにもならないよ。自分が変わるんだ。

 
ANZEN漫才のみやぞんが、ツイッターでつぶやいた内容を見て、愕然としました。これはみやぞんが言ってたんです。
 
 
え??どういうこと??って。
 
 
私は母親を犯罪者だとその時思っていたので、犯罪者には償いが必要だと、当然のように思っていました。ニュースで虐待によって死んでしまう幼子を見るたびに怒りがこみ上げ、長年のセッカンになぜ表沙汰にならない微妙なラインをやってたのかと、くやしくて怒りが湧く一方だったからです。
 
 
相手はどうにもならない。
 
 
だけど、子育てをして、子供が将来バレリーナになりたいなんて夢を抱いて、そんな健気な様子を見て、自分も幸せになり、娘の成長を素直に喜び笑顔でいられる母になりたいと思ったんです。
 
 
もう、こんなもの、捨ててしまおう。
許すも許さないもない。そもそも、幸せになることに他人は一切関係無かった。いつだって、私自身がどうするか、どう生きるかの選択しか無かったんです。
 
 
すると、頭のてっぺんから宇宙に向かって、光の管が現れました。そして声が聞こえてきました。
 
 
「ねぇ、絵を描こうよ。絵、好きでしょ?」
 
 
ピンク色の可愛い光が見えて、私の心が踊り、
 
 
「そっか、私、ピンクが好きで、ピンク色の絵を描きたかったんだ」とわかったんです。
 
 
 
それから、本格的なタロット占いを4万くらい払ってやりました。人生初の体験でした。
 
 
見てもらって、チャネリングされながら、自分も同時にチャネリングしているのがわかりました。
 
 
見えるし、言葉が流れるし、次々と世界がキラキラ輝き出しました。
 
 
え?こんなに、世界って綺麗だった???
 
 
チャネリングすると、物事の本質が丸見えになります。世界が喜びと愛で出来ているのもよくわかります。そして、自分自身を喜びと愛で満たす道もわかりだしたのです。
 
 
後で理解が追いついたのですが、この宇宙と一つに繋がって言葉やイメージがどんどん降りてきて現実世界に表すまでの工程が、心理学のインナーチャイルドワークだったし、インナーチャイルドとはズバリ、スピリチュアルでいうところのハイヤーセルフの事で、それが神であり、大いなる存在で、ロゴスでした。
 
 
私は宇宙から流れ続けていたエネルギーを受け取る準備が出来て、自分の内面に耳を傾ける事でインナーチャイルドが前向きに活動し始め、そこからくる行動指針を受け取り、実際に現実世界で行動に移すことで徐々にインナーチャイルドが成長し、だいぶたくましく神々しくなりました。
 
 
もはや虐待親のことなど何も思わない、痛くもかゆくもないレベルです。
 
 
それどころか、歴然と体調も変化しました。小学生からずーっと私は頭痛持ちで頭痛が絶えませんでした。
それが無くなりました。生理痛も痛まず、ほぼ無痛です。股から水が流れているかのように、違和感がありません。しかもきっちりお月様の周期に合わせて生理が起こるようになったのです。
 
 
チャネリングとは、なんと素晴らしいのでしょうか。
 
 
私はこれを生業とし、サービスと絵を販売することにして、起業しました。私は絵が描けるし、何より5次元世界が色として見えます。こんな能力、万人にあるもんじゃないです。かくいう貴方にも、貴方にしかない能力、秘めてませんか?チャネリングで全出ししましょ?魂レベルのデトックスしましょ?年齢なんて関係無いんですよ。いつだって、誰だって、輝き方は無限大なんですよ。
 
 
セッション、お待ちしております。
 

 

コメントは受け付けていません。

特集

チャネリングアート|Mutsuko Hosokawa Mutsuko Hosokawaは、全て手描きによるオリジナル・完全1点もののチャネリングアートを通じて、女性の活躍を後押し、自己実現をしていただくための活動をしております。インナーチャイルドを癒して解放することで、女性の中に眠る女神性を呼び覚ますお手伝いをいたします。意識を宇宙に委ね、ハイヤーセルフと繋がりませんか?

〒920-0802
石川県金沢市三池町181-5

090-5577-2680

10:00~18:00
定休日:不定休