チャネリング画家として生きると決めたわけ(私の物語、中編)
第1子が娘であることに恐怖を感じた過去
普通、子供が生まれると嬉しいが、私の場合、恐怖が先に立ってしまった。
この子をかわいいと思えるだろうか?
私は私以外を愛せるだろうか?
女の子が最初に生まれたことは
、私にとって非常に辛かったのだ。
子供の泣き声に異常なまでの恐怖を感じてしまうのだ。
まるで、小さい頃の自分が、
親にひっぱたかれて泣いているかのような感覚が襲う。
まだ赤子の娘であるにも関わらず、その泣き声は
「お母さん、やめて!痛い!叩かないで!優しくして!」
といっているかのように聞こえてしまうのだ。
そして自分が母親から虐待を受けている過去をフラッシュバックする。
この状態は、アダルトチルドレンの大人によくある。
こどもの時代を十分に満喫せずに育つと、こどもの自分が暴れ出す。
そういう大人は自分の子供にも虐待を与えてしまうのだ。
娘を守るために必死に自分の精神状態と向き合う。絶対に虐待を繰り返さないと誓う。
とにかく必死に耐えた。
フラッシュバックで気がフレそうになるのは、
決まって我が子と二人きりの時だ。
そうなる日中はなるべく児童館を利用し、
強制的に体裁を保てる場所へ赴いた。
家に近所のママ友を招きまくったりした。
それから、迷わず家庭訪問を行政へ申請した。
これは女性支援センターや、健康福祉センターで申請できる。
行政の管理下に自らを置き、電話と訪問でこまめにチェックしてもらった。
それから精神科へ通った。
母乳を与えていたため、投与できる薬はなかったが、
話を聞いてもらいに行っていた。
精神科と合わせて、カトリック教会へ入信しに行った。
話を聞いてもらうことが重要だった。
実母を遠ざけるために義母を活用した。
両者とも離れて暮らしていたが、実母に近づかれると、
虐待の記憶が大暴れして、自分で収拾がつかなかった。
主人や、義母に打ち明けて、そばに近づけないように、
徹底的に自分を守った。
子供の愛し方がわからない悩み。愛の代わりに教育を代用した。
娘が育ってくると、泣き声に悩まされることはなくなった。
娘に自由意志が芽生え、娘自身が私を求めて擦り寄るようになる。
しかし、かわいいのだけれど、かわいいね、が
どうしても言えない悩みがあった。
「かわいいね」を発しようとすると、幼い自分が心の中で
泣き叫んでしまう。
「わたしはそうは言ってもらえなかった」という感情が訴えてくる。
これはアダルトチルドレンにしかわかるまい。
理性は子供を親として愛したい欲求があり、それらしい言葉も思いつくのに、言葉を発することができないのだ。
世間一般の、当たり前ができなかった。
親になれない自分への劣等感。
親の愛をそそげない娘への罪悪感。
それをひた隠すように、娘にバレないように、無理に笑った。
棒読みでも、カタコトでも、かわいいとか、愛してるとか、よくできましたね、とか良さそうな言葉を必死で投げかけた。
そして気づいてしまった。
教育を愛の代わりに与えると、
まるで愛しているかのような言葉のなげかけが素直に発せれるようになることに。
これは、間違いなのだけど、そのときはそれが最善の策だった。
褒める親は、叱る親である。
できたことに対して褒めるという教育方法は、一見すると正しいように見えると思う。
しかし、これは間違いだ。褒めるだけで済む親は決していない。
褒める親とは、叱る親でもあるのだ。
愛情表現を教育にすり替えた私はこれをやって、叱る親になってしまった。叱る親がエスカレートすると何をするかは一目瞭然だ。
ましてや、虐待経験のあるアダルトチルドレンは。
幼い子供に手をあげることの負の影響は自分自身が一番よく理解している。これでは愛を教育にすり替えて一時的にしのげたとしても、暴力は防げない。
子供を幼稚園へ、習い事へ。私は家庭を離れ、仕事をする。
子育てが向いていないとわかっていたので、子育てのプロへ極力まかせることにして、私はその費用を稼ぎに外へ働きに出ようと思った。
これは非常によかった。
私に育てられるよりも、プロの方が上手だからだ。
狙った通り、娘はかわいく育った。
子供は社会で勝手に育つ。
ある日、娘が「ママ、バレエコンクールに出たい」と言い出した。
それまで、2歳8ヶ月から、私と真逆で全然怒らないバレエの先生のところへ通わせていた。
お遊びのつもりだったのに、小3になる春に突然そう言ってきた。
たまたま3位に入賞し、有終の美を飾れたと思い、じゃあやめようかという話になるはずだった。
なぜなら、バレエはお金がかかるし、贅沢な遊びだと思っていたからだ。
だけど娘は「バレリーナになりたい」と自分から言い出した。
「私は言葉よりも、体で表現できるバレエが好き。仕事にしたい。」
そんな感性、私には無い。
私がやれとか、そうしろとか、言ったわけでもない。ただ、彼女が、バレエを通して自分と世界との関わり方を模索して出した答えなんだと思った。小さいからと舐めてかかるのは間違いだった。
彼女もひとりの人間として、確実に生きている。
成長している。
母の知らないところで、感性を養っている。
そう思った。
だけど、私の理性は大真面目に拒絶した。
普通のサラリーマン家庭じゃお金がないから無理だとか、バレリーナなんてなれる可能性は少ないと何度も説得しようとした。それでも、
娘はどうしてもなりたいという。
私は結局、根負けしてしまった。
この時は、娘の親だから、私が犠牲になるのが当たり前だと半分思っていた。
しかし、もう半分は、なんで私の夢じゃないのに、こんなに頑張んなきゃいけないの?と思っていた。
子供に何円かけたか、が愛の証明になるのか?
私の時間を費やしたお金が右から左へ娘に流れては消えて行く気がして、我慢がならなかった。
あなたがバレエやりたいと言ったんだから、ママが働けるように協力して!
などと、威圧的な言葉も吐いたことがある。
練習をサボる娘を見るとイライラして、
バレエやらないなら、もうお金払いたくない!
バレエなんか辞めてしまえ!
と怒ったこともあった。